墓山古墳は、そのちょうど中心に蓋石がある前方後円墳である。古市地区では 5 番目に大きな古墳であり、高さは最大21 メートルで面積は約 4.3 ヘクタールだ。その周りを5つの長方形の陪塚が取り囲んでいる。5 世紀前半に築造された時には、墳丘の斜面は石で覆われ、平坦部には飾りの埴輪が並べられていた。ここで見つかった最も興味深い出土品は、最古の人型の埴輪だ。人を表わした埴輪は、5 世紀以降にはより一般的になる。 専門家は石に覆われた板は石棺であると考えているが、誰の墓であったかはわかっていない。石室は兵庫県の高砂産の石で作られている。このような巨大な石を取得し 100 キロ余りも運ぶ困難さと、そしてそれが評判の高かった兵庫県の高砂産であることを考えると、墓に入っていたのは裕福で強力な人物であったようだ。多数の鉄製の工具や武器が墓山古墳の北と西の陪塚から出土している。古墳が築造された当時は、加工できる唯一の鉄は朝鮮半島から輸入されており、このことからも墓の主に力と名声があったことがわかる。